テレビの中のあなたは…

今回は同じテーマで書かれている90年代の曲を並べてみました。
曲としては古い順番ですが、最初の曲は2010年に演奏されています。
2曲目、番組のテロップと曲名が違いますが、まあそれはそれでおいといて。

●Kio&Hodge「샴푸의 요정(シャンプーの妖精)」(2010) 原曲빛과소금 1990


●김현철「TV에서 보는 그대 모습은(テレビで見るあなたは)」(1997)


●The Fan「연예인(芸能人)」


おわかりいただけましたでしょうか。
どれもテレビなどに出てくるタレントさんとか歌手とか女優さんとか、
要するに芸能人に恋慕する歌なんですけれども。

うーん、正直言って歌詞はちょっと引くよねw


ユ・ヨンソクについて書きまくったところでも掲載したThe Fanの曲には
女の子バージョンもあって、こっちのほうがまだしっくりきます。

빛과소금(Salt and Light)の1集に収録された「シャンプーの妖精」は、
すんちょら〜ことイー・スンチョル(イ・スンチョル)をはじめ、
けっこうたくさんの歌手があちこちで歌っているので、
もしかしたら原曲そのものよりカバーされたのを聴いている人の方が多いかもしれません。
빛과소금時代のチャン・ギホ장기호はどっちかというと丸い顔だったと思うんですけど、
チャン・ギホ教授と呼ばれるようになってからはずいぶん痩せましたな…。
因みに、シャンプーの妖精を聴いた時に真っ先に思い出したのは、
チューリップの「ハートせつなく」という歌で、
やっぱりシャンプーのCMタレントに片思いをする…という歌詞なのです。
20年来この2曲って同じだよねー、と誰かに言いたかったけど、
両方が通じる人がなかなかいなくてずっと黙ってました。


キム・ヒョンチョル김현철のこの曲は5集「冬夜冬朝」に収録されておりまして、
私が個人的にとても好きなアルバムです。
この人もアルバムを出さなくなってずいぶん経つなあ…。
なかなかベテランでもアルバムを出しにくい世の中なようです。
この歌も、この曲だからまあポップに聴けるわけですが、
歌詞だけ読むとちょっと怖いw
場面を想像しながらお読みください…。

↓ ↓
 

シン・ヘッチョル「心の奥深くにいる君」

●신해철 「내 마음깊은 곳의 너

昔、初めて韓国の音盤(カセットですが)を買った時のことは
こちらに書いてあるとおりなのですが、その際に買った「最新歌謡テープ」の中から
気に入った曲をいくつかピックアップして、その歌手達のテープを手に入れることから
私の韓国ポップス収集歴が始まったのでした。

その中で、まず最初に買ったのが、
イー・サンウ이상우とシン・ヘッチョル신해철(シン・ヘチョル)でした。
その最新歌謡テープに収められていたへちょら〜の曲がコレと「Jazz Cafe」です。
彼がN.EX.Tという実験的なバンドを結成してアルバムを出す直前のことでした。

N.EX.Tがセカンドアルバムから路線をハードロック系にシフトしてから、
実はあんまりちゃんと聴かなくなっていて、
へちょら〜のソロ(crom)やWittgensteinあたりもアルバムでは聴いていないし、
まあ言ってみれば熱心に聴いていたのは彼の歴史からすればほんとに初期の頃だけでしたが、
いつまでたっても目を離すことだけは絶対にできないミュージシャンです。

先週から現在まで、腸狭窄症から敗血症を引き起こして意識不明が続いているそうです。
快癒を祈るばかりです…。


<追記>2014年10月27日20時19分、シン・ヘッチョルは亡くなりました。
じふなーの時は悲しくて涙が出ましたが、
今日はむなしくてどうしようもありません…。

何度も何度も彼が歌い続けていた、実質的なデビュー曲です。
●그대에게

「キョウルパダの人」も今や通じないかもしれませんが。(2)

満を持しての続編の登場です。(嘘)
(俳優ユ・ヨンソクのつもりで検索していらした皆様すみません。歌手の方について語ってます)
 


2001年発表のソロアルバム。

 


プルンハヌル푸른하늘を惜しまれつつ、
ほんとに思いっきり(私に)惜しまれつつ解散した後、
ユ・ヨンソク유영석が結成したグループはW.H.I.T.Eといいました。
We have an Ideal Taste of Enjoymentの略だそうです。
多分後付けだと思います…。
相方のキム・ギヒョン김기형はプルンハヌル5集からプログラミングとプロデュースに参加、
殆ど第3のメンバー状態だった人だったので、
まあ要するにプルンハヌルからソン・ギョンホが抜けて名前が変わった、みたいなw
あと、「自我陶酔」以来ちょっと傾倒しかけてきた、
ミュージカルっぽい楽曲がやりたかったんだな、と。
その代表的な歌がグループ名と同じ「W.H.I.T.E」

…ですがー。

私が一番好きな曲はコレ↓
●「말할 걸 그랬지(言えばよかった)」


いかにもプルンハヌルの続編っぽいですなw

95年に発表した2集のタイトル曲はコレ↓

●「그대도 나같음을(君も僕と同じだと)」

同じような曲を続けてすみませんw
正直言って、私、あんまりこの歌好きじゃないんですけど(おいおい)、
ラストの「그대와 함께있는 이 순간 모든것 이겨낼 수 있죠」の部分の
メロディラインがすごく好みなんですね…。細かくて申し訳ない。  

まあ、一曲くらい、W.H.I.T.Eが追求し続けたスタイルの曲を挙げましょう。
たぶん多くの人がW.H.I.T.Eと言うと思い浮かべるであろう曲がコレ↓
●「네모의 꿈(四角の夢)」

↑コレの収録された3集あたりが一番豪華な雰囲気だったような気がします。
 

 


「キョウルパダの人」も今や通じないかもしれませんが。(1)

何度か書いていますが、私は一時期、
(花儿楽隊に入れ込んでいたためw)韓国の音楽を全然聴いていない時期がありました。
2009年くらいが一番聴いていなくて、どのくらい聴いてなかったかというと、
その年に買った新譜はたった一枚だけ、ついでにYoutubeなどでの動画チェックも
ほっとんどしていなかったくらいでした。
その前年くらいまでは聯合ニュースのサイトに韓国歌謡新譜が丸々聴けるコーナーがあったり、
また当時はまだNAVERの視聴コーナーも日本から聴けたので
ちょいちょいチェックしてた筈なんですが…
 
で、その、たった一枚入手したアルバムというのがコレ↓
ユ・ヨンソク유영석のデビュー20周年アルバムです。↑


20年間の代表曲を、キム・ヨヌ、キム・ゴンモ、インスニ、ギュヒョン(Super Junior)など
いろいろな歌手達が歌ったトリビュート的なベストアルバムでした。


「90年代はプルンハヌル、W.H.I.T.E、2000年代に入ってソロも出し、ソングライターやPDとして、ラジオDJとして、何よりも「キョウルパダ」の人として広く知られるユ・ヨンソク。(中略)
彼の曲はいつも既聴感があるが、他のメロディメーカーと画す確固たる一線もある。
マイナー調の曲が極端に少なく、軽快なテンポの明るい曲かピアノに乗せたゆったりとしたバラードか、そのメロディラインはとてつもなくキャッチーでどこまでも美しい。」


上記は、今は無き雑誌「K-POP STAR」に書いた
ユ・ヨンソクのソロアルバム(2006)紹介文からの抜粋です。
手前味噌でなんですが、私はコレ以上に的を射たユ・ヨンソクの紹介文を日本語で読んだことがありません!
…もとい、ユ・ヨンソクの紹介文そのものを日本語で読んだことがありません…(とほほほほ)
今はどっちかというと、ハングル違いの俳優(유연석)の方が日本では有名だし…(しくしく)


気を取り直して、その、「キョウルパダの人」の「겨울바다」
彼のデビューであるプルンハヌル(푸른하늘 Blue Sky)のデビュー作でもあります。(1988)


非常に単純な曲ですよね…。歌詞も短いしメロディも定型。
当時の韓国の歌はだいたいこんなパターンだったんですが、
それでも当時の大学生を中心とした層には驚きと新鮮さをもって歓迎されました。
その頃の学生層向けノンポリティカル・スタンダードはこんな感じでしたから、
比べてみると違いがわかると思います。
いや、今聴くとどっちも古いですけどw、
70年代はじめにニューミュージックが登場した時の日本もこんな感覚で捉えたのかな、と。
(ますます話が古くなってすみません…私はリアルでは知らないっすよ…←しつこい)


●눈물나는 날에는 (1989)

1集で4人組だったプルンハヌルが3人組になり発表した2集から。
SG Wanna BE+がカバーしているのは私はあまりすきではなくて…(すみません)、
SJのリョウクがラジオで歌ってる動画を見ましたが、なかなか良かったです。
最初に出て来た20周年アルバムでキム・ヨヌが歌っているので、
キム・ヨヌの歌だと思ってる人が結構いるようです。
初期の歌は、歌ってる本人もまだ青臭いので、最近になってカバーされている作品の方がいいかもです。

●우리모두 여기에(1990)

3集ではついに2人組になってしまいました。
この3集というのは或る意味すごいアルバムで、なんと収録曲にマイナー調の曲が無い。
全8曲、最初から最後まで徹頭徹尾メジャー調。
なので聴いていてやたらと気持ちがいいアルバムです。
代表曲「우리모두 여기에」は、所属事務所・東亜企画のコンピレ盤のシリーズタイトルにもなりました。
ライブでは参加歌手のメンツが変わりつつも歌われ、
彼のアルバムにはこのように数人の歌手で歌い継ぐスタイルの曲が採用され続けます。
アルバムでの参加歌手はパク・ハッキ박학기、チャン・ピルスン장필순、オー・テホ오태호。

この東亜企画という事務所には、
キム・ヒョンシク、キム・ヒョンチョル、ピックァソグム、春夏秋冬、ハン・ヨンエ、パク・ハッキ、
トゥルグックァ、オー・ソクチュン、パク・スンファ、KONAなど、
当時”アンダーグラウンド”と言われた(今の韓国で行ったら"インディー”的な)
そうそうたる歌手が所属していました。
まだ韓国ポップスを聴き始めたばかりの頃は、この事務所のマークが入っていれば大丈夫、と
アルバムを購入する目安にしたものでした。
 

2曲目の落とし穴…

以前、1集では鳴かず飛ばずだったのがメンバーチェンジで大ブレイク…
というグループの特集
を書きました。
今回は、2集とまでいかずとも、2曲目でブレイクした…
というか、2曲目が1曲目よりヒットしたグループのうち、

「実はそれでよかったの?」

というのをいくつか取り上げたいと思います。

まず、本人達があちこちで語ってるので有名な話ですが、
いじめをモチーフに10代の鬱屈した不満や社会への不満を歌ったデビュー曲

●「전사의 후예 戦士の末裔」H.O.T



この曲でティーンエイジャーブームの走りとなって、
ソテジワアイドゥルを失った少女ファンを殆ど持って行ったH.O.Tでしたが、
もっともっと爆発的にヒットして広い層のファンを獲得するきっかけになったのがコレ

●「CANDY」



あまりのイメージの違いにメンバーはショックを受けたそうですよ。
前者のイメージでガンガン押したかったのに、一般的に受けたのは後者。
その後H.O.Tはセカンドアルバムまではどちらも両立させていくのですが、
3集以降はメンバー個人の趣味が色濃く出るようになり、
ラストの5集はクオリティが高いアルバムですが非常に個人主義的な作品になりました。


悩んだのはこちらも同じだそうで。

学校や勉強を押し付けられる高校生の鬱屈に民族的なテイストをまぶしたデビュー曲

●「학원별곡 学園別曲」Sechs Kies



その次に用意されてしまったのが、
10代の代弁者的な↑に対し、実はむちゃくちゃお気楽で能天気な歌詞(&曲)の2曲目

●「사나이 가는 길(폼생폼사) 男の行く道(フォームに生きフォームに死す)」
そんなに悩むほどのことか〜?と思いますが、
ソテジワアイドゥルが築いて来た、社会的問題を歌うアイドルという偶像を目指したのに、
たった1曲でイメチェンさせられたのが若い彼等にはショックだったみたいですな。


ちょっと時代は遡りますが

●「고요속의 외침 沈黙の中の叫び」R.ef


で、2曲目のお約束はコチラ↓
今、R.efというとまあだいたいコレが流れるかな、と。

●「이별공식」

この時、最年長のパク・チョルウ박철우は30でしたから…
(残りの2人は22~3歳)
なんか結局、R.efって最後までこのエアロビ的なダンスで通しちゃったんですけども。
この年(95年)、R.efにインタビューした時彼等が言っていたのは
「強くてタフで男らしいというのが自分たちのイメージ」。
それを聞いた私は心の中で思いっきり

それはないだろーーーーーー!」と突っ込んでしまいました(もちろんほんとに心の中だけ)。

今見ても、やっぱりそれはない!と思います。はい。
私はラストアルバムの「Never Ending Story」という曲が好きなんですが、
彼等の2集、3集はなかったことにしてあげもよろしくてよ、と思っていますw
そうそう、95年の福岡アジアマンスには台風で本人達は来ませんでしたが、
プロデューサーとフォトグラファーとラッパーだけが(数名の新聞記者を連れて)来日しました。
その時のステージ用音源(口パク用。メドレーになっている)のカセットを
「いらないからあげる」と言われたのでありがたくいただきました。
CDとは微妙にアレンジが違うので当時はよく聴きました。

この10年はすっかりシングルおよびミニアルバムが定着したので、
ひとつのアルバムから違うタイプの曲がヒットすることも少なくなったと思います。
まあ、そうでなくても1枚から2曲以上ヒットしただけでも、
それは凄かったのよというのも付け加えておきましょう。


追記…神話の「うっしゃうっしゃ」も入れていいかもしれないw
でも実は私は↑が神話の歌の中で一番好きですw





 

一番好きだった作曲家は…(2)

昨年末からかな?BSで放送しているらしい「応答せよ1997」のおかげでしょうか、
毎日毎日「Sechs Kies」で検索していらっしゃる方が本当に多くて驚いています。
これまでの倍以上の方にお越しいただいていて、非常に恐縮です。
古いことしか書いてなくてすみません…。
ようこそおいでいただきました。コメントでも残して行ってくださいませ。

因みに、もう調べてないかもしれませんが
「NRG チョンミョンフン 漢字」でいらした方!「千明勲」でございます。

チェッキーはねー、ほんっとにマジでオーラありましたよ。輝いてましたよ。
私が90年代に直に見た韓国芸能人の中で、
オーラが見えたのはしんくんことシン・ジョンファンとチェッキーでしたね。

というわけですが、前回の続き、オー・テホに関する第2弾を書こうと思いますw
 

ロングセラーを連発して押しも押されもせぬヒット曲メーカーとなったオー・テホは
1993年にソロアルバムを発表しました。
…そういえば、タイトルには「作曲家」としていますが、
(本人も作曲家と称してますし一般的にもそう言われてますが)基本的に詩も書いています。
それがまた難解…というか難訳というか、直訳では日本語にしにくいといいますか、
結構凝った言い回しを駆使した歌詞を書くものですから、韓国語初学者には頭の痛い歌詞でした。
逆に、日本語学習者の韓国人にも日本語にできない人が多かったですね…。

話は戻りまして、このソロアルバムからヒットしたのが「기억속의 멜로디」
ここで言うところの記憶の中のメロディ(イントロ部分)はミッシェル・ポルナレフの曲でした。
この曲もトップ10にかなり長いこと入っていましたが、
実は私はあんまり好きではなかったですw 
その代わりに好きだったのはこれ↓
●친구 수첩속의 너의사진

写真は再発売版のジャケですな…。
この曲は実はファンの間では地味〜に人気がある歌なのです。
他にもなかなか沁みる佳作ばかり収録されたアルバムでした。

一番好きだった作曲家は…


2013年も終わりが迫って参りました。
夏頃には毎週更新目指して頑張ってましたが(いやホント)、すっかり息切れ状態でw
けしてネタ切れでは…では………いや、そうかも…

こんなニッチなブログにも検索していらしてくださる方は多く、
この1〜2週間で多かった検索語は
「Sechs Kies」(DSP祭のおかげですか?)
「Noise ホン・ジョング」(女優さんと結婚するらしい)
「ソ・ジウォン 死因」(1月1日が命日。死因は、大量の服薬によるもので、自殺説が有力ですが未だに事故なのか自殺なのか不明な筈です)
がやたら多いのが特徴でした。チェッキーはともかく、
他の二人については自分で検索してみましたが、
他に書いているブログとかが(ほぼ)無いためにいらしてくださるのかと…。ありがとうございます。

←20歳の誕生日を目前に亡くなったソ・ジウォン。
2集発売の直前だったため、実質的な歌手活動はほぼ1年。
当時、男性ソロ歌手がシン・スンフンとキム・ゴンモに
殆ど集約されつつあった中で、
よく頑張っていたと思います。
ソ・ジウォンというと、亡くなってすぐに発表された、2集の「내 눈물 모아」が
キム・ギョンホ김경호はじめいろいろな歌手にカバーされるんですが、
私が好きなのはデビュー曲「또 다른 시작」(1994)


何故なら、この曲を書いた作曲家の作品が、言ってみれば私が韓国ポップスにはまるきっかけとなった曲で、要するにこの人の曲が自分の感性にぴったり合うからなのであります。

その作曲家はオー・テホ오태호。
私が一番最初にジャケ買いしたアルバム(このブログの最初の記事参照)のうち、
イー・スンファン2集のこの曲を聴いて、「ふむ、これは結構いいかも」と思って
何度も繰り返し聴いたのがすなわち彼の曲。

●이승환 「세상에 뿌려진 사랑만큼」


この時に一緒に買った屋台テープこと「最新歌謡」(ヒット曲をこれでもかとつめこんだ海賊テープ)にはオー・テホの曲がいくつか収録されていました。
そのうち、91年に大ヒットした曲といえば↓の3曲。

●김현식  내사랑 내곁에


あまりにも有名な曲ですね。
2節の歌詞「시간은 멀어짐으로 향해가는데 (時は遠くへ向かって行くけど)」を
キム・ヒョンシクが「시간은 멀어 집으로 향해가는데(時は遠く、家に向かうけど)」と歌ったので
作曲家本人はちょっと困ったなあ、と思ったそうです。
案の定、当時は「なんだこの歌詞は。国語の乱れだ」と言われてましたよ(記事を読みました)。
でも今ではカバーする歌手全員が「家」で歌ってる…。


●이범학  이별이 아닌 이별


おっ、ライブだw
もうね、この人はこの曲だけで、コンサートに呼ばれ、テレビに呼ばれ、
未だにあちこちで歌ってますからね…。
殆どの人がタイトルを「ネサラン グッバイ」で覚えてる予感。
実は私はセカンドアルバムの曲(これもオー・テホ作品)の方が好きです。


●이상우  하룻밤의 꿈

私が一番最初に「覚えよう」と思って覚えた曲は、
チョン・スラ정수라「난 너에게」でした。
その次がこの曲。
オー・テホ作品の特徴である、音階の高低のメリハリがやたらきいている、
典型的な曲でもあります。

 

どう見ていいのかわからない…??

韓国で猫も杓子も本格的にMVが作られるようになったのは1994年頃からです。
ソレ以前もあるにはあったものの、爆発的に作られるようになったきっかけは
1995年の初め頃、全国にドカンとケーブルテレビが開局したことでしょう。
公開放送をはじめ、ステージやスタジオライブがメインの地上波に対し、
M.net、kmtvの2大音楽チャンネル(他にはなかったと思う…)は
MVを流し続けるというスタイルで始まったからでした。
そうするとおのずとMV制作にも力が入ってきて、
史上初の億ウォン単位での制作費をつぎ込んだ作品は015B「21世紀モノリス」(1995)でした。
この頃からストーリー性の高いVが増え、チョ・ソンモ「To Heaven」の大ヒットにより
ドラマ仕立ての長いMVの一大ブームがやってきたのです。
Position「I Love You」は何度見てもいいですねええ。

と、今回は↑のような芸術的なドラマ作品がテーマではなく…


「これ、いったいどうゆうふうに見ればいいんですか?」


謎の…

微妙な…

なんていうか…

そんな感じのMVを集めてみました…。
ただし、今回は以前掲載したChakraのデビュー曲は省略ですw

●듀크Duke 「Starian」(2000)

じふなー!こえぇよ!!

そのキム・ジフンも今夏ようやく小さいイベントで密やかに復帰してるようです。
じふなーは美中年になるかなあと期待してましたが、
案外フツーにおっさんになってしまいました(とほほ)。
2007年にファン・ヘヨンと「1と1/2」を歌っている動画がありました。
…既におっさんでした。がっかり…。


演奏シーンは普通ですけど…
ソレ以外のイメージシーンがシュールで困るMV↓
●Red+ 「그녀는...」

015Bの客員歌手でデビューしたチョー・ソンミン조성민のバンド。
これがバンドデビュー作です。当時、ささやかなバンドブームがありまして、
こんな感じのバンドが結構いくつもありました。代表的なのがGIRLとか。


●Young Turks Club 「타인」

以前、ステージ映像(コートを引きずるヤツ)を掲載した曲です。
この頃、こういうトロット調アイドルポップが流行ってたんですよねえ。
そして↑の見所は、女子ボーカルパートになるとなぜか後ろで揺れている、
黒人半裸マッチョ!その存在理由はいったい!!!


●루이스 「중화반점 中華飯店」
2000年にリリースされたルイスの2ndアルバム「千才少年」収録曲。

90年代にはまだ台湾中心だった韓流が香港に流れていくのと同時に、この頃、やたらと香港でMVを撮影するのが流行っていました。
曲もテレサ・テンのカバーがあったり、妙にチャイナな雰囲気の音楽を使ったり。
その流れの一環としてだと思いますが、突然出て来たのがこの「中華飯店」です。
私の周りでは結構流行りましたw
ばかばかしいMVというのは結構いろいろあるんですが、
ここまでなんのエフェクトもなく低予算でやってるのも珍しいw
NRG「Hit Song」もこの域には達してませんw(達したくないだろう…)
実はこの曲、最近でいうとPSYの「江南スタイル」のように、
一般人の動画魂に火をつけた曲でもあります。
さらに、なぜか合唱曲になっていて、非常にまじめな合唱の舞台であろうに、
突然これで踊りながら歌う動画がYoutubeにいくつもありました…
おそるべし、中華飯店。そしてルイスは今いずこ…(この後にバンドでアルバムを1枚出してます)。


이정봉 「그녀를 위해」

"Misty"イー・ジョンボンの2ndから。好きな歌でした。
でもMV変。


 

酔中…


いきなりですが、私の大好きな「20世紀未少年」の1カット。
10月16日放送分のシーンですが…
なにをしているかというと…

おパンツの見せ合いw

この日のテーマが「酔中真談」とのことで、誰が酒とつまみを買うかを決めるゲーム中なわけですが、
この子たちもカメラの前で下着を見せられるようになったかと思うと隔世の感がございます(涙)。

「酔中真談취중진담」というと、誰もが連想する(いや、誰もがってことはないか)のは
チョルラメ전람회のアレなわけですな。

●チョルラメのアレ↓ 「취중진담」


誰もが連想する…と思わず書いてしまいましたが、
この曲をアルバムでカバーした人というのは実は少なくて、
キム・ドンニュルがセルフカバーで、Fly  to the skyがリメイクアルバムで、キム・ジョハンが「私は歌手だ2」で…くらいです。
放送で歌っている人はもっといるんですけども…。
「記憶の習作기억의 습작」と同様、あんまりカバーされないタイプの名曲つーことでしょうか。
Verbal Jintの同名曲は異曲です。

「酔中●●」というタイトルの曲もいくつかあって、
(私が)真っ先に思い出すのは↓コレ

●어떤 날 「취중독백」酔中独白

このアルバムは愛聴盤でした。が、朝の通勤時にはこの曲を飛ばして聴いていました。
やっぱ雰囲気がね〜。真夜中にひっそりと聴いてこそですな。

同じタイトルのTOYの曲
●TOY 「취중독백」
(動画が削除されてしまいましたんでご紹介できません…すみません)

TOYにはこんなの↓もありまして、最初、こっちの方に「酔中…」のタイトルがついてると思ってたら違ったw
●TOY 「애주가愛酒歌」

イー・スンファンの「チョルミン」名義の歌はもう1曲あったような。

私も昔はよく飲酒はしましたが、今は全然呑まなくなりましたねぇ…。

応答せよ1993!君はNOISEを見たか

えー、タイトルはパクリです。
ご案内は「90年代韓国歌謡のパンチョ伊東」と(友達に)呼ばれたワタシです。

「応答せよ1997」に続き制作されている「応答せよ1994」がどんなドラマになるのかわかりませんが、ここではその更に前、1993年です。
(実はそんなに93年ばかりにふれてるわけではありません、すみません…)

1992年、韓国歌謡界はソテジワアイドゥル서태지와 아이들の大旋風をきっかけに、
ダンスグループ&ダンス歌手ブームがこれでもかと巻き起こりました。
…というのが定説で、実際そうなんですけど、
その下地になっていたのは80年代後半のマイケル・ジャクソンと90年頃のNew Kids on the Blockだったんですね。
当時、女性歌手の方がダンサブルな人はけっこういた(キム・ワンソン김완선とか)んですが、
今のガールグループみたいなのは全然いなくて、ソロで妖しく歌い踊る人ばかりでした。
かといってボーイグループもいたわけではなく、
80年代後半にパク・ナムジョン、ヒョン・ジニョンが登場し、
彼等のバックダンサー達が頭角を現し、
満を持してソテジワアイドゥルが登場した訳です。

それまでどんな音楽が強かったというと、男性バラードがダントツでした。

↑左から シン・スンフン、イー・サンウ、ピョン・ジンソプ。
まあ、この3人が鉄板ですかねえ…。
シム・シン심신みたいな正統派アイドルもいたことはいましたが、
上記3人みたいな王道派バラード歌手がアイドル的に人気を博していました。
加えるならイー・スンファン、パク・チョンウン박정운など…

そのシン・スンフンを見いだして育て上げた人として有名なのが
プロデューサーのキム・チャンファン김창환です。
この人は自分で曲も書くことは書くんですが、アレンジや演奏、
パフォーマンスの見せ方などを担当する人が何人かいました。
「キム・チャンファン師団」と呼ばれたその中には、
後に韓国で最も指名買いされるPDと呼ばれるキム・ヒョンソク김형석,
シン・スンフンに次いで国民的歌手となるキム・ゴンモ김검모をはじめ
そうそうたるメンツがそろっておりました。
その師団から選ばれて、裏方から一躍表舞台に飛び出してきたのが、
シン・スンフンの次にキム・チャンファンが世に送り出したダンスグループ、
NOISE노이즈だったわけです。時あたかも1992年秋。ちょうど21年前の今頃でした。

あー、長い前振りだったw



では、当時としては超最先端のテクノ・ダンス曲だったデビュー曲をお送りいたしましょう。

●노이즈[너에게 원한건]


微妙だ!微妙すぎる!!!!

衣装といい、ダンスといい、アレンジ(@キム・ゴンモ)といい、かけ声サンプルといい…
てか、DJブースの人、誰!!!!

因みに前述の裏方から出てきたというのは
ボーカルの2名のうち眼鏡じゃない方のチョン・ソンイル천성일です。
眼鏡の方のホン・ジョング홍종구と彼は2人ともデビュー歴がある中古新人。
キム・チャンファンの中古リペアはここから始まったつーことでしょうか。

んで、今見るとこんなに「どう見ればいいんですか」な曲ですが、

当時はマジで超新鮮だったんです…

↓いろんな意味で衝撃的な1集のジャケ

えっ、ワタシですか、と、当然買いましたよ…(テープを)


続きを読む >>

<< | 2/4PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

What time is it ?

Mail form

list

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM