「第二回 イスンファンを歌おう!」開催されました

いや〜、もう2ヶ月くらい放置してるんですよー、と昨日笑って話したのに、

確認したら既に3ヶ月になろうとしてましたw

 

…毎度毎度この出だしですみません。

今年はもう、5月のイ・スンファン東京ライブレポで力尽きたかと思います。

 

で、もうこのまま今年も終わりかーと思っている今日この頃ですが、

そんな折も折、参加してまいりましたよ「第二回イスンファンを歌おう!」ノレバン大会〜!!

すごいですね、既に第二回です。

第一回は夏に開催され、その時は残念ながら参加できませんでしたが、

今回はもう、1ヶ月以上前から日程を決め(ていただき)、万障繰り合わせて万全の体制で臨みました。

 

参加者は総勢8名。日本人5名、韓国人3名(男性2名、女性6名)の

イ・スンファン工場長ファン、いわゆるDF民(드팩민)です。

12時に東京は新大久保の某料理店に集合し、

その後同じビルの2階にあるカラオケ店に移動して歌いまくる…だけですが、

そこはなんせDF民ですから、話題が一極集中な訳ですよ。

日本在住韓国人である3名は、それぞれ仕事や家庭がありつつも、工場長の韓国公演にも足繁く通うツワモノ揃い。

特に5月の日本公演ではファンイベントの総代を務めたパボセちゃんは、

韓国に帰っても実家にも寄らず、0泊2日や3日のスケジュールで行ったり来たりしてるそうです。

そのパボセちゃんは大阪から、

前回は横浜在住だったけど今は京都でお仕事をしているタイちゃんは京都からの遠距離参加。

そこに超近距離参加のサンヒョンさんを加えた3人で機関銃のように選曲&予約して、

流れてくる歌を思い思いにマイクを握って歌うというスタイルでした。

 

日本人はブログでもおなじみYOKOさん、すみつばめさん、ウンジョンさん、YUTAKAさん。+私。

おそらく全員、好きな歌を歌うことができたんではないかな?と思います。

そして、もちろん、紙飛行機も巻きティッシュも飛ばしましたし!!(用意良過ぎ!)

 

2時間の予約時間はあっという間に過ぎ、これがラストだという曲が

なんと「어떻게 사랑이 그래요」という出来過ぎな曲順でした。マジすか!

 ↑横断幕(韓国製)と11月の公演ポスターは持ち込みです!同じポスターをいただきました^^

 

いやー、それにしても、新大久保に足を踏み入れたのがかれこれ8年ぶりくらいなんですがw

その時は「うわー女子が歩ける街になってるよ!」と思ったものの、

今や人がぎゅうぎゅうで身動きが取れない街になっている…。連休の上海か!

いきなり迷っちゃったし(とほほ)。

大昔はよく知りませんが、90年代のあのあたりは、

まだまだ闇がパックリと口を開けていたように覚えています。

屋台でもなくテントみたいな小さな店舗には日本語が一切書いてなくて、

職安通りと大久保通りの間の狭い路地は、住宅街と連れ込みホテルが共存しているようなところだし

(今も通りによってはそのようですが)

あの頃は真昼間から金髪の白人のお姉さんたちが(以下自主規制)

西武新宿線の駅をちょっと北に行くだけで昼間から酔っ払いのおっさんに(自粛)

夜になると駅前(改札前)で酔っ払いのリーマンに(うわー嫌な思い出だ)

日曜の午後、友達3人と普通に歩いていたら突然住宅の窓が開いて

「うるせえぞ韓国人!」と怒鳴られたり(ちなみに日本人4人でした)とか、

美味しいと噂の小さい料理屋も行くたびに厨房のおばちゃんが違うのは、

観光ビザが切れるので一旦帰国してるからとか(今はそんなことないと思いたい)、

あの頃の韓国カラオケはカタカナルビがなかったなあとか、

カラオケ無料だったけどお茶碗のご飯は一杯500円だったよねとか、

私が東京を離れる時、韓国野球愛好仲間が開いてくれた送別会をやった店は

いつのまにか職安通りの対面に移転していたんだねとか、

韓国広場も開店当時はスカスカだったけど今は大盛況だねーとか、

コリアプラザなんつーものがあったなあとか(借りパクしたビデオがある…すみません)、

あっちに歩いてバッティングセンター行ったなあとか、

記憶の中と今を反芻しつつ、感慨深く街歩きもしてみました。

当時はいろんな集まりの韓国・アジアカラオケに参加しまくっていたので、

ほぼ毎週というか月に3〜4回は歌舞伎町や新大久保(あと赤坂も)で

マイクを握っていたんでしたよワタクシはwww

 

それももう遠い昔の話です。

今は、第三回イスンファンを歌おう!の開催が待ち遠しくてたまらないですね^^

次はもっと練習しておこう…(メラメラ)

 

なお、あまりに楽しかったので、帰りの新幹線(指定)の時刻を勝手に脳内で書き換えてしまい、

しっかり乗り遅れてしまいましたとさ…

どほほほほ。

 

 


コメント
私の知っている新大久保はすでに夜でも女子高生や日本人マダムグループが歩いている新大久保なので、お話のような自主規制付の新大久保がぴんときません。^^; 

新幹線を逃してしまったと聞き、申し訳ない気持ちですが、是非、第三回もやりましょう。^^

今回のツアーは日本でお留守番組の私たちですが、いつか韓国公演参戦の野望をもって頑張りましょう〜^^
  • すみつばめ
  • 2017/11/29 10:31 PM
>すみつばめさん
ちょうど90年代は、新大久保あたりが一大コリアンタウンとして拡大し始めていた頃だったので(とはいえ、韓国人の居住者は多くても、お店などはそれほどありませんでした)、我々もビデオを借りたり韓国料理店などにも足繁く通っていたのですが、まーさーかー、こんなに賑わう街になるとは想像もしませんでしたよ。

新幹線に遅れたのは気にしないでください^^ 30分遅れただけで帰宅もできたし、そのぶん十分楽しんだのですでに笑い話です!
韓国公演参戦、したいよね〜。本場でマイク向けてもらうのを一生の野望にしましょうかねw
ぜひ次回もよろしくおねがいいたします^^
  • Lucy
  • 2017/11/30 12:03 AM
90年代の新大久保!
私も90年代終わりの頃の怪しい感じを覚えております。
イメージは歌舞伎町のさらに奥地と言う印象で、大久保通りや職安通りなどの大通りはまだしも、横丁や路地は早足で歩くような感じだったです(私もまだ若い女性だったし〜w)
私は韓国ものよりも中華もの東南アジアもの等を探してました、食事したり中華食材の店の片隅にある雑誌や音盤をあさったり。アングラな感じでしたね。
いまはあんなにポップな街に。
たのしいですね〜〜。

韓国公演、DF民と知りあえたおかげで実現することができてホントに感謝です。でもMCが辛いので、日本公演定例化してほしいですね。
  • YOKO
  • 2017/11/30 11:59 AM
>YOKOさん
そうそう、「歌舞伎町の奥」でしたよね。
新宿から歩いて職安通りに行って、新大久保から電車に乗ることが多かったので、なおのこと、歌舞伎町の奥の地味なところ、という感じでした。
韓国料理店も職安通りより北は「ハレルヤ食堂」「松屋」「オムニ食堂」「武橋洞」とあと1〜2軒くらいしかめぼしいところがなかったし(カラオケスナックは別)、それらも目立つような店構えじゃなかったし…。
「韓流」ってすごい力だったのねw
中華といえば新大久保と大久保駅の間の屋台村が懐かしいです。

日本公演も来年もきっとある!と思うけど、まあ、日本式にちょっとは余裕持って公示していただけると大変ありがたいですね^^
  • Lucy
  • 2017/11/30 11:57 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

What time is it ?

Mail form

list

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM