韓流前夜。(2)

2016年でございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年中に何本アップできるかはわかりませんが(とほほ)。

この年末年始、なぜか一番多かった検索語が
「ヒョン・ジニョン」でした。
なんでや?と思ったら、GOT7と2PMとコラボしてるんですね。
最近はめっきりレジェンドな存在となってきました。
数ヶ月以内には日本で放映される「覆面歌王」にも出てますよ。
そういえば、アブノ井君こと「チャン・ソッキョン」で検索していただいた方も。
因みに、「韓国テレビ 覆面歌手で手に入れられない君を歌った歌手?」で
検索していただいた方…もう見てないかと思うけど、よぬっちことキム・ヨヌですな。
地味に毎月検索がある「中華飯店 Louis」は…やっぱり何故ですかw

さて、本文に入りましょう。
前回、中華圏の歌手が韓国ポップスをカバーし始めた頃の
もはや懐かしいというか古典曲をいくつか取り上げました。
今回はその逆で、中華圏の曲をカバーした韓国曲、です。
これがですね、案外、ない。
理由として考えられるのは…
メロディラインとか唱法が根本的に違うから?かな?
同じバラードでも受ける旋律がだいぶ違いますし、
同じ曲を歌っても歌唱法はそれぞれ独特です。
その辺りも比べていただけると面白いかもしれません。
(この辺のことは、以前とりあげた、
光良とキム・ヒョンジュンの「童話」もご参照ください
 


イ・ソウン4th リパッケージ版ジャケ(2005)


まず、前回も出てきました、Rock KOREAの所属歌手の作品から。

●휴식 (休息)「이세상 저 끝에(この世の果てに)」(1998)

男性デュオです。1集収録。てかこの1枚しかない。
正確には、この前年に出している1集の、1曲をこの曲に差し替えて、
ジャケットも変更して発売してるという形です。
何故ここで差し替えがあったかといったら、やっぱりどう考えても、
Rock Recordsの差し金でしょう…。

というわけで、遥かに世界的に有名な原曲がコレ↓

●周華健 (エミール・チョウ)「愛相隨」


あら、やっぱりカラオケ同じだわw

休息の上記の曲を初めて聴いた時、
まさか中華曲のカバーを韓国でするとは思っていなかったのですが、
どうも聞き覚えがあるので気になって姉に電話をかけ、
受話器越しに聴いてもらって原曲を教えてもらいました。
そういえば、当時、周華健の日本ファンクラブ会誌にも
休息がカバーした!と取り上げていただきましたっけ。
たぶんそれで売り上げが上がったことは…全くないような気がしますw

周華健曲のカバーといえば、中国でも韓国でも圧倒的に有名なのはコチラ。
↓↓


韓流前夜。(1)

2015年の年の瀬であります。
なんか今年はネタ的にいろいろあったにもかかわらず、
やっぱり更新がノロマでした…。ああ、トホホ。
来年は…
たぶん、そう変わらないw
3月にイー・スンファン이승환(イ・スンファン)来日公演行きます。
公式HPからのチケぴ予約までしましたよ!
しかし私達以外にその日に予約した日本人がいたのかどうか…。
ネットでは一人もつぶやきもしてなかったので愕然ですw

まあ、そんな2015年でしたが、相変わらずオンタイム感ゼロに
今回も書いて参りましょう。
 

JUJU CLUB 1st (1996)
僭越ながらワタクシ、日本盤の歌詞対訳をやってます。

 
数年前から言われてますが、韓流ブームも終わってるんだそうです。
ブームの終わりというのは種類があって、
1)ブームだったのが定着してスタンダードになるか、
2)跡形もなく消え去るか、
3)細々とマニアックに支持され続けるか。
まあ、今はどれもがボチボチ、って感じがしないでもないかなあ。
少なくとも8~90年代よりは「マニアだけ」でもないように思います、が、
ごく一般的な韓流は風前の灯火、かもしれない、本当に。

で、その韓流ですが、
日本の韓流ブームというのは東アジアで一番最後に来た韓流ブームでした。
東アジアを席巻して一周回って帰ってくる時に日本に寄ってみた、みたいな。
なんせ、韓国政府がエンタメコンテンツを輸出し始めて、
3〜4年くらいが経ってからようやく日本で広まり始めたのですから。
韓流という言葉が登場したのは2000年頃だったと記憶しますけど、
これも元は中国語。中華圏で誕生した言葉です。
98年頃には当時のアイドル達が大挙して、
台湾だの中国だの香港だのに遠征し、大ブームを巻き起こしたわけです。
H.O.T、SechsKies、Turbo、シン・スンフン、CLONあたりが第一陣としたら、
NRG、BabyVOX、JTL、高耀太、カンタなどが第二陣、
BoAとかが第三陣…でしょうか。
ソ・テジ(ソロ)は直接行ってないかもですが異様に人気ありましたね。
その間に韓国にいられなくなったユ・スンジュンとか女優のチャン・ナラ、
最近ではチャン・ウヒョクやイー・ジェウォン、チェヨンのように
中国で活路を見出して韓国でよりも稼いでる人もいたり、
中国圏のメンバーを加えたアイドルグループが当たり前になったり…。

一方、80〜90年代、韓国では中華圏(主に香港、台湾)の歌手たちが
こぞって来韓しては売りまくっていた時期がありました。
香港映画の上映数も多く、だから彼等が人気だったとも言えますな。
アーロン・クォック(郭富城)、アンディ・ラウ(劉徳華)、レスリー・チャン(張國栄)、
チョウ・ユンファ(周潤發)…
映画のPRで韓国を訪れるスターは後をたたず、レスリーは韓国でCMにも出てましたよね。
特にレオン・ライ(黎明)はしょっちゅう韓国に行っていて、
当時アジアンポップといえば香港・台湾だった筈の日本よりも
韓国が自分のマーケットだと語っていたとか(まあ日本にも来てたけど)。
そんな中で、超絶人気アイドルだったキム・ワンソン김완선が突然引退を発表し、
殆ど間を置かずに台湾へ渡って芸能活動を始めたのが92年から93年。
思えばそれが韓流への第一歩だったかもしれません。
私はずいぶん後になって、「あれは台湾人歌手と駆け落ちしたんだ」と
中国人から聞きましたが真偽のほどはまったく闇の中でございます。
時を同じくして、台湾歌手・姜育桓が、韓国で「凱旋公演」を行いました。
彼は韓国生まれの華人で、幼い頃は「中国人(を指す差別語があります)」と苛められ、
20代で台湾に渡ってからは「韓国人」と差別されたそうです。
そういった過去を思って記者会見で涙した…という記事を読みましたが、
台湾で成功しての凱旋はやはり感慨深かったんではないかと思います。
因みに韓国と中国が国交を樹立したのは92年のことなので、
それ以前に韓国で中国といえば台湾でした。
80年代に台湾に留学して、そのまま現地で歌手になってしまった張鎬哲という人もいます。
そんな風に少しずつ少しずつ、韓国と中華圏の距離は縮まって行った模様です。

どちらかというと中華圏→韓国の一方通行だった90年代前半でしたが、
それが一気に逆転したのはやっぱりH.O.Tなどの超級アイドルが続々出て来て、
韓国芸能界が今も昔も大好きな海外進出を中華圏にまず定めたからでしょう。
日本にもたまに来る歌手がいましたが、まー大体お金で揉め(以下略)
なのでどうやらこの頃、完全に日本は蚊帳の外のまま、
韓国コンテンツの中華圏進出は広まって行った印象がありました。
音楽的にも、似たようなパターンのバラードが主流の中華圏にあって、
ダンスをメインに押し出した韓国ポップスは目新しかったかもしれないです。

さて、そんなふうに韓国→中華圏の勢いがぐいぐい増して行く90年代後半から、
韓国曲をカバーした曲が続々と登場してまいりました。

滾石唱片(Rock Records)がRock Koreaを設立、
韓国のミュージシャンを擁してアルバムを発表していたのはほんの数年でしたが、
その中で最も売れたグループといえばやっぱりJUJU CLUBではないでしょうか。

●JUJU CLUB 「나는 나 私は私」

この曲のカバーがコレ↓
●蘇慧倫(ターシー・スー)「鴨子 The Duck」


カラオケ同じだよねw
 

愛情的房子

えーと、友人のFさん、さくさくとご覧いただいてますでしょうかw

今回はちょっと趣向を変えまして、この方の歌を掲載します。
中国の歌手兼女優の張瑤↓
ウリは一重まぶたらしい。
写真によっては小野ゆり子に似てる気がします。
ずいぶん前ですが、目と目の距離が遠いタイプがお好きな方に伺いましたら、
かなりツボ、とのことでした。

张瑶爱情的房子」(2002

うーむ、いきなり重ーい(内容がではなく)動画ですみません…。

この曲は、「心不再遥遠」という中国本土のトレンディドラマの挿入歌で、
主題歌「有你想随」という曲も彼女が歌っています。
私は2005年に中国に滞在していた折、このドラマの再放送を見てはまりました。
その要因のひとつがこの2曲。とりわけこの「愛情的房子」。
房子、は家のことです。
どうしてこの歌がこんなに気になるのか、当時、ネットでいろいろ調べましたが、
この歌手のことも歌のことも殆どなにも出てきませんでした。
なんせYoutubeがまだできたばかりの頃のことですし…。
それから2〜3年後にYoutubeが一般的になってから探した時には、
↑のMVもアップされていたんですが、今はないですね。
その頃になってようやく色々なことがわかってきて驚きました。
この曲、作曲者が韓国人なんですね。
しかも韓国の曲のカバーではなく(カバー曲はやたらめったらたくさんある)。
ああっ、それでこんなになじみ深いメロディなのか!と合点が行きました。
「有你想随」では編曲を担当しています。
この作曲者はチェ・グァンニョル최광열。
この人が残したほぼ唯一、韓国人の心に残っているであろう曲がコレ


●「그녀를 위한 기도(彼女のための祈り)」副班長부반장


副班長、もう忘却の彼方ですよ…。

前述のとおり、もともと中華圏では90年代末から
韓国曲のカバーがやたら多くて、
クレジットに韓国人の名前を見ることも多いのです。
いずれ、そーいう曲についてちらほらしたいとは思っておりますので、
今しばらくお待ちくださいませ…。

花儿乐队-我们能不能不分手



プロフィールに書いてありますとおり、2000年代の後半(2007年以降くらいかなー)、私はあまり韓国ポップスを聴かずに過ごしておりました。実はその頃、ものすごい入れ込み様をみせていたのが、中国のバンド・花児楽隊(花儿乐队)で、そのきっかけとなったのが↑の曲です。
中国に滞在していた折、偶然つけたテレビから、まさにこのMVが流れてきて、もう釘付けですよw
なぜかは見ていただければわかると思いますww
で、同じ時に別の番組で見た「大喜宙」のMVですっかり持っていかれまして、その後数年間は花儿ばかり聴いていました。

↓「大喜宙」


話は最初の曲に戻ります。私が気になったのは、そのメロディライン…もそうですがw、音の作り方、歌の前に出方、ラップの放り込み具合が90年代韓国ポップスを彷彿とさせていたからです。
昨年来、ドラマ「応答せよ1997」映画「建築学概論」などのヒットもあって、90年代懐古の風潮が現代の韓国音楽界に蔓延しておりまして、若いアイドルのアルバムのテーマとしてよく取り上げられています。そういうのを聴くと、まあ気持ちはわからないでもないけど「それほどでもないよね…」という感じがするのです。いや、それはそれでいいんですが、ただ、私の90年代韓国ポップス偏愛度が異様に高いので、なかなか合格点がつけられないわけです(なんだよ合格点って…)。
そこへいくと花儿は、しっかり私の好みラインをぶっちぎりで合格したんですね。
花儿は1999年、中国初のティーンエイジャーバンドとしてデビュー。当時のスタイルはGreenDay調のシンプルなパンク。ボーカル&ギター&作詞作曲の大張偉は15歳でした。一躍時代の寵児となったものの、事務所のごたごたで数年間を棒に振り、2004年にEMIと契約してガラッとスタイルを変えて、いわゆる韓流っぽいサウンドになったわけです。
実は花儿の曲でラップがこういう形=ものすごく韓国的な形で挿入されているのはこの曲だけで、もし最初に聴いたのがこれではなかったら、案外それほど気に留めなかったかもしれません…。

キム・ヒョンジュン「童話」김형중"동화"

 日本語(主にカタカナ)でハングルを表記する時、やっぱり一番困るのは、固有名詞を書く時じゃないでしょうか。
ハングルは母音も子音も日本語よりだいぶ多いので、それを組み合わせると更にバリエーションは増えます。でも、日本語表記した場合はそこの細かいところをなかなかうまく表記できません。
人名だと、ただでさえ同姓同名(もちろん同ハングルのこと)が半端無く多いのに、ハングル違いの同日本語表記も多い。
例えば姓の「チョン」は「정,전,천」とあります(更に漢字だと鄭、丁、全、田…)。
最近の分かりやすい例だと、SS501のリーダー=キム・ヒョンジュン김현중 と末っ子キム・ヒョンジュン김형준でしょうか。
有名じゃないとこだと、ペ・ヨンジュン(俳優の배용준,W&Whaleの배영준)とかもありますけど。

で、今回の主役はSS501ではない、キム・ヒョンジュンです。
ハングルは김형중。
一部で「オヤジのキム・ヒョンジュン」と呼ばれているのはナイショです。

彼が2007年にシングルで発売したのが「동화」ー「童話」です。
これは2004~5年に中華圏で大ヒットした光良「童話」のカバー曲。
MVがちょっと面白いので、後半でご紹介しようと思います。
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